本研究科では、教育・研究の国際化と高度化を目的として、平成17年度から文部科学省による大学教育の国際化推進プログラム(戦略的国際連携支援)の支援により、「融合科学を国際的視野で先導する人材の育成」(通称:PRIUS)という取り組みを実施してきました。この取り組みでは、環太平洋諸国の研究機関や大学と連携し、様々な科学と情報科学の融合科学分野を国際的視野で先導できる優秀な人材を育成すべく国際的な人材育成ネットワーク(PRIUS:Pacific Rim International UniverSity)を構築しました。このネットワークのもと、毎年4~7名の学生を海外インターンシップに派遣しました。
この取り組みは、多くの成果をあげ平成20年度末で終了しましたが、その成果を生かして、平成21年度から日本学生支援機構(JASSO)留学生交流支援制度(短期派遣)<プログラム枠>に「最先端情報科学を担う国際的人材の育成」と題するプログラムを提案し採択されています。21年度は3名の奨学生枠でしたか、22年度は4名に、23年度からは5名になりました。また、今年度からは、文部科学省による博士課程教育リーディングプログラムに、「ヒューマンウェアイノベーション博士課程プログラム」が採択されました。これらの制度に基づき海外インターンシップを実施し、今年度15名の大学院生(博士前期課程8名、博士後期課程7名)を海外に派遣しました。
以下では、このうちの一部について学生からの報告に基づき研修内容を記します。すべての学生の報告については、研究科のホームページの教育の国際化の項をご覧ください。
カナダのUniversity of Torontoに派遣した学生は、Paul Milgram先生の指導の元で、内視鏡手術における視点合成技術の利用に関する研究に取り組みました。単眼の内視鏡カメラを用いた腹腔鏡手術では、患者の体内における奥行きを知覚することが困難です。この問題解決のため、派遣先で開発された視点合成による奥行き知覚の実験系についての評価を行いました。具体的には、二本の棒を交差させたものを上から撮影し、被験者にその画像を提示してどちらの棒が上(手前)にあるかを判断してもらうという実験を行いました。また、実際に医師がシステムを使用する際に両手が使用できない場合を想定し、手を用いない視点操作方法としてヘッドトラッキングによる視点操作方法を実装しました。
University of California San Diego(UCSD)に派遣した学生は、T. Ideker先生の指導の元で、Cytoscapeと呼ばれるネットワークの可視化と解析のためのオープンソース・プラットフォームソフトウェアのプラグイン開発を行いました。このソフトウェアはシステムバイオロジーや社会学などの分野で広く使われています。今回開発したプラグインは、疾病の予測を行うためのBiomarkerと呼ばれるサブネットワークをタンパク質間相互作用ネットワークから取り出すというものです。プラグインの基本設計、ユーザーフレンドリーなGUIの実装、およびBiomarker探索手法の1つであるNetwork Propagationと呼ばれる手法の実装に取り組みました。これらの作業を通して、ネットワークバイオロジーの分野で盛んに研究されている内容を学び、メンテナンス性のよいコーディングや動的に変化するプログラムの実装法を学習しました。
Harvard Medical School(HMS) に派遣した学生は、Systems Biology DepartmentのRoy Kishony先生の元で、バクテリアの薬剤耐性進化に関する研究を行いました。バクテリアが抗生物質耐性を獲得する進化は、重大な世界規模の公衆衛生問題です。バクテリアの耐性能力獲得進化の過程を理解するため、バクテリアのSwarming(柔らかい寒天培地上でバクテリアが運動する能力)を利用して、耐性獲得進化がいつ・どこで・どのようにして起こるのかを離散的に明確に理解することを目指しました。寒天培地上で、微生物の発育を阻止できる抗生物質最小濃度の1000倍の薬剤にも耐性のあるバクテリアが、わずか1週間で出現しうることを見出し、帰国後には得られた変異体の全ゲノムリシーケンスを行っています。その結果から、どのような遺伝的変異によってどのように進化を遂げたのかについて解明します。
University of California, Los Angeles(UCLA)に派遣した学生は、James Liao先生の指導の元で、代謝シミュレーション技術の一つであるアンサンブルモデリングを用いたシアノバクテリアの代謝改変戦略の調査を行いました。近年エネルギー問題や化石資源の枯渇から持続可能な社会に向けて、光合成微生物を用いて直接CO2から有用化合物を生産させるという試みがあります。光合成微生物であるシアノバクテリアにおいて、一部の代謝経路を過剰発現させることで効果的に炭素のフラックスのバランスを変化させ、併せてバイオマス合成を抑えることでブタノール合成フラックスを高められることをシミュレーションで確認しました。また複数経路の発現増強の組み合わせにより、さらに生産性を高められることを確認しました。競合する経路を削除することなく、過剰発現のみによってうまくブタノール生産のフラックスを向上させられる可能性を示唆しています。
University of California, San Diego(UCSD)に派遣した学生は、Ritsert C. Jansen 先生の指導の元で、タンパク質のドッキングに関する研究を行いました。現在、創薬の分野ではコンピュータを利用した創薬が行われており、その中にタンパク質のドッキングシミュレーションがあります。SSH2(Protein phosphatase Slingshot homolog 2)と呼ばれるタンパク質に注目し、それに対する化合物のドッキングシミュレーションを行い、さらにクラスタリング等を実行することでその後の実験に役立つようにデータを作成しました。ドッキングの結果はそれぞれスコアとして表されます。従来のクラスタリング表示法ではわかりにくかった内容を、クラスタ内のリガンドがどのような構造を持っており、どれぐらい似ているのかを視覚化できるようにしました。
ドイツにあるRWTH Aachen Universityに派遣した学生は、テーブルトップシステム上に置いて利用する物理的なウィジェットの認識方法に関する検討を行いました。水平に置いたマルチタッチディスプレイ上で、任意の位置に即席で配置した物理的なボタンやスライダを通じて画面内のオブジェクトを操作する手法を検討しました。レーザーカッターや3Dプリンタ、その他の工具や基本的な材料が揃ったFablabを活用し、プロトタイプや実験のためのツールを迅速に製作しました。開始時点で目標とした開発内容の全ては網羅できなかったものの、いくつかの新しい発見に基づいて実際にマルチタッチディスプレイ上で認識できるウィジェットを実装しました。
以上のように、海外インターンシップに派遣した学生は、各大学で充実したインターンシップを体験し、研究科の国際化は順調に進展しています。最後になりましたが、インターンシップにご協力いただいた皆様に感謝いたします。