実世界には、非線形な現象が数限りなくあります。我々の講座では幾つかの現象に着目し数理モデルを建てそれを数学解析と数値計算により解析する研究を行っております。その成果から、現象の理解、未来予測、現象由来のシステム設計などへの応用を目指しております。
例えば、1990~1995年Budrene-Bergは走化性バクテリアを円形寒天培地に接種すると著しい幾何学紋様を描きながら繁殖することを見出しました。バクテリアの種や培地の環境条件から紋様は、六角形、放射線、ミシン目放射線、斑点などへと多彩に変化することも発見いたしました。その後彼等は、数理生物学者のMurrayと共に強い非線形性をもつ反応・拡散・移流モデルを導入しました。モデル化の考え方は、バクテリア達は個体間で化学物質を通じて情報交換するとき、すなわち各個体は自身の存在を示すために誘引性のあるフェロモンを発すると同時に同フェロモンにも反応して濃度の高い方へと移動するとき、培地上に自発的に整った幾何学紋様が創発するというものでした。我々はこの走化性モデルを解析いたしました。モデル方程式からできた(無限次元)力学系は、指数アトラクタをもつこと、すなわち有限次元コンパクト集合がありすべての軌道はその集合に急激に誘引されることが分かりました。この事実は、モデル方程式のすべての解は「有限な自由度しかもたない極限状態」に引き寄せられること、抽象的な意味で何らかのパターン形成が起こることを示しています。次いで、解析解を見える化するために数値計算を行いました。モデル方程式は、反応・拡散・移流という3つの異なる効果を含んだ非線形方程式なため既存の変数離散化スキームでは安定した計算が実施できませんでした。そこで3つの効果にそれぞれ適合した離散化を整合的に組み合わせ新しいスキームを構築しそれを用いて計算しました。計算結果の一部を以下に示します。
図1~6は、正方形培地の中央に点接種されたバクテリア集団が増殖して作るパターンが走化性強度の増大とともにどの様に変化するかをシリーズで表しています。走化性が弱いとバクテリアは一様に分散してパターンは形成されません。強くなると先ず六角形(図1)が出現し、それは帯(図2)、ミシン目(図3)へと移行します。さらに強くなるとミシン目は動的(図4)となり、さらに多数の動点が結合と出現を繰返すカオス(図5)へと変化します。さらには孤立し安定した斑点(図6)へと移行します。Budrene-Bergの実験によれば、水溶液で培養すると再現性のない図4~5状のパターンも出現することが知られています。