嵩賞を受賞して

情報ネットワーク学専攻 | 樋口 雄大

 この度は、第8回嵩賞という名誉ある賞を授与いただき、大変光栄に存じます。まずは、本賞へのご推薦を賜りました東野輝夫教授、賞の選考に携わられたご関係の先生方、そして日頃よりお世話になっている東野研究室の皆様に心より御礼申し上げます。この場をお借りしまして、受賞の対象となった研究課題と、その経緯について、ご紹介させていただきます。

きっかけは災害救護所での移動式ベッドの位置推定

 私が基礎工学部の4年生として配属された当時、東野研究室では、科学技術振興機構CRESTの委託研究プロジェクト「災害時救急救命支援を目指した人間情報センシングシステム」の実現に向けた技術開発に一丸となって取り組んでいました。このシステムは、地震や鉄道事故をはじめとする大規模な災害が発生した際、「電子トリアージタグ」と呼ばれる小型の生体センサを傷病者の指先に取り付け、医療処置が必要な人々のバイタルサインや位置情報等を、無線センサネットワークを介してリアルタイムにモニタリングすることにより、円滑な救助活動を支援するものです。

 このプロジェクトの中で、私が最初にいただいた研究テーマは、災害現場に設営された救護所内において、移動式のベッドで運び込まれる傷病者の位置を高精度に計測するというものでした。GPSによる測位が行えない建物の中で電子トリアージタグのような無線端末の位置を高精度に推定するためには、一般に、正しい位置情報を発信する「アンカ」と呼ばれる特別なデバイスを壁や天井に多数設置することが求められます。しかしながら、混乱した災害現場で、1分1秒でも早く救護所を設営し、傷病者を受け入れるためには、測位に用いるアンカの数を最小限に抑える必要がありました。救護所内では、新しい傷病者が絶えず搬送されてくるものの、一度ある地点にベッドが設置されると、通常は、応急処置が終わるまでの間、そのベッドは同じ場所に留まることになります。そこで、近隣のアンカを用いて現在位置が推定された後、一定の地点にとどまっている端末を、他の端末に対する仮想的なアンカとして動作させることにより、不足するアンカのカバー領域を補うことにしました。

測位インフラの敷設コストを抑えた高精度な屋内位置推定方式

 位置推定アルゴリズムの検討を進める中で、一時的に静止しているモバイル端末を仮想的なアンカとして利用するというアイデアが、救護所での移動式ベッドの位置推定のみならず、より広い用途に適用できることに気がつきました。例えば、美術館や展示会等の会場では、通常、展示物の周りで多くの人々が足を止めており、これらの人々が持つモバイル端末の推定位置を、位置推定のための基準点として用いることで、事前に設置すべきアンカの数を大幅に軽減することができます。ただし、端末が移動している間は、最後に推定位置が更新されてからの時間経過に伴って位置情報に大きな誤差が生じるため、仮想アンカの中にこうした移動中の端末が含まれていると、近隣の端末間で誤差が伝搬し、位置推定精度が著しく悪化してしまいます。そこで、近隣のモバイル端末間の相対距離を無線アドホック通信により測定し、その結果から推定される各モバイル端末の移動状態をもとに、静止中のモバイル端末のみを仮想アンカとして選び取るアルゴリズムを開発しました。この方式が認められ、著名な国際会議や国際論文誌で研究成果を発表する機会をいただくことができました。

 また、博士後期課程に進学後は、屋内空間を歩き回る人々の移動特性を活用して位置推定システムの精度向上を図るというアイデアを、歩行者自律航法へ応用しました。この技術は、スマートフォン等に内蔵された加速度センサや電子コンパスを用いて、端末保持者の歩行ステップ数と移動方向を計測することにより、初期位置からの歩行経路を推定するもので、アンカ等の測位インフラに依存しない測位方式として期待が高まっています。友人や家族と共に移動する歩行者の集団を、Bluetoothを用いた近接センシング等により自動検出し、同じグループに属する人々の歩行経路の類似性を仮定して位置推定誤差を補正することで、大きな精度改善効果が得られることが分かっています。

普及期を迎える屋内位置情報サービス

 屋内測位技術は、世界中の大学や研究機関で10年以上にわたって活発に研究と改良が重ねられてきました。近年では、スマートフォン向けの屋内位置情報サービスが次々にリリースされ、私達の日々の生活に欠かせない技術になりつつあります。このように技術が普及に向かう転換期に立ち会えたことは、私にとって大きな刺激になっています。この度の受賞を励みに、モバイルコンピューティング分野の発展に微力ながらも着実に寄与することを目指して、これからも研究活動に邁進して参ります。今後とも、ご指導御鞭撻のほど、どうかよろしくお願い申し上げます。

PAGE TOP

©Graduate School of Information Science and Technology, Osaka University, Japan