数学と音楽

情報基礎数学専攻 | 和田 昌昭

 数学と音楽について書いてみたいと思います。研究の合間の気分転換になれば幸いです。

音楽活動

 まず音楽活動について紹介させて下さい。小さい頃から音楽が好きで、中学生の時からギターを弾いています。博士後期課程でコロンビア大学に留学したときは、音楽系の友達がたくさんできて、イベントで自作曲を一緒に演奏して楽しんでいました。就職後も研究の傍ら、作曲したりギターを弾いたりしていたのですが、30代の半ばに帰国したころには研究や子育てが忙しくなり、音楽をゆっくり聴くことさえほとんどないまま、気がついたら十年以上過ぎていました。もう一度、研究だけでなく音楽もある生活に戻したい、と思ったのが2005年ごろです。

 大学の仕事をしながらでもできること、ということで作曲とコンピュータによる音楽制作を始めました。いろんなイベントに出かけたり、ネットで音楽を聴いたり、ブログを書いたりしながらこつこつ作曲を続けていると、3年目ぐらいから少しずつ他の音楽家とのコネクションができました。合唱企画で自作曲を取り上げてもらったり、ローカルFM局の番組オープニング曲を頼まれたり、というようなことがありました。5年目には、作り貯めた曲を集めてCDをプレスし、個人レーベル「まほらが」を立ち上げて、AmazonやiTunesでの流通も自力でやりました。

 中原中也の詩に曲をつけて自分で歌った「宿酔」のYouTube動画を数学教室の学生達が気に入って投稿し、2014年3月放送の「探偵!ナイトスクープ」に出演したのがきっかけで、YouTubeの動画再生数が3日で一気に30万回になり、ネットニュースで取り上げられました。卒業生室からの依頼で出演したいちょう祭のライブでは、約千人もの方に来ていただきました。YouTube動画再生数は今では100万回を超えています。

数学と音楽

 創っている立場からすると、数学と音楽は、感覚的に非常に近いものがあります。数学において、定理があざやかに証明できたり、思いがけない二つのものを結びつける式を発見したりしたときに感じるカッコいいとか美しいという感覚は、音楽において和音とリズムがぴったり決まってカッコいいとか、これまでに聴いたことがないような美しいメロディーというときの感覚にとても似ています。

 僕を含め多くの数学者にとって、数学をする理由は、まさにこのカッコいい証明とか美しい式のようなものです。何年もかけてああでもないこうでもないと考え続けて、あるときパッとひらめいて足りなかった最後のピースが埋まると、完成した美しい証明を眺めながらしばらく恍惚感に浸るというような感じです。他の数学者が証明した定理についても、同じような意味でカッコいいとか美しいという基準でもって、良い数学かどうかの判断をしています。

 アイデアがひらめいただけでは数学にはなりません。完成した証明を整理し、論文として他人が理解できる形にまとめるためには、既存の数学についてのさまざまな知識や数学独特の作文技術が必要になります。技術は時間をかけて修得するしかありません。音楽においても、いいフレーズを思いついただけでは曲にはなりません。それを活かす曲の構成を考え、和音やリズムをうまく組み合わせて曲として完成して楽譜や音源にするには、作曲や音楽制作の技術が必要です。それについても、やはり時間をかけて勉強するしかないと思います。とは言っても、図書室を埋め尽くす膨大な量の数学書や論文と違い、音楽理論なんてほんの数冊分の内容しかありませんから、さっさと理解してあとは実際に作曲しながら実践的な技術を磨くという感じです。

 数学と音楽は似ていると述べましたが、ひとつ決定的に違うところがあります。音楽を聴けば誰でも、理解の程度の差はあるにせよ、カッコいいとか美しいと感じることができます。それが音楽の力です。一方数学では、とくに最先端の数学の場合は、そのカッコよさや美しさを感じるためには膨大な知識や数学の素養が必要で、それを感じることができる者が全世界に数十人しかいないなどということも普通にあります。でも数学の価値は、カッコいいとか美しいという現場の数学者の感覚とは別に、そうやって深く分化した数学分野が総体として科学の基礎を支えているところにあるのだから、それでいいと思います。

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