Microsoft Research Asia 研修体験記 (井下 智加)

はじめに

2013年1月31日から2013年2月13日,2013年3月11日から2013年3月24日の計28日間,中華人民共和国(以下,中国)・北京市にあるMicrosoft Research Asia(以下,MSRA)においてVisiting Researcherとして研究する機会を頂きました。ここではその研究内容・滞在中の経験について報告致します。

MSRAについて

MSRAは,1998年11月5日にMicrosoftのアジア太平洋地区における基礎研究所として創設され,今ではコンピュータサイエンス分野における優れた研究機関の一つとなっています。そのアクティビティの高さは他の企業研究所を凌ぐものであり,コンピュータサイエンス分野全般におけるトップカンファレンス・ジャーナルに1500件を超える論文が採択されています。また,大学との連携も強く意識しており,様々な国の学生をリサーチインターン生として受け入れ,研究を進めています。本研究科においても実際に研究者として勤務する卒業生や,リサーチインターン生として滞在する学生もおり,結びつきの強い研究所とも言えます。

図1 中国のMicrosoftがある通り

Visiting Researcherとしての訪問

今回,利用したヒューマンウェアイノベーション博士課程プログラムの海外インターンシップの制度の都合から,リサーチインターン生としてではなく,Visiting Researcherとして訪問させて頂きました。研究については,メンターとなる研究者の方と毎日議論を交わしながら進めていたので,リサーチインターン生として滞在する場合と全く変わりません。また,リサーチインターン生と異なり,自身のパソコンを持ち込むことに加え,部屋も手配して頂き,研究の環境面においてストレスを感じることはありませんでした。しかし,渡航費・滞在費は自分で負担しなければならず(と言っても,ほぼすべてをインターンシッププログラムの方から補助して頂きましたが…),金銭面ではリサーチインターン生として行くより厳しいものになります。

図2・3: Visiting Researcherとして滞在したデスクと研究の議論が詰まったホワイトボード

研究内容

Visual Computingグループに属する松下康之博士の指導の下,物体中における表面下散乱を考慮した照度差ステレオ法の検討を行いました。照度差ステレオ法とは,物体の陰影からその物体の形状(厳密には面の向きを表す法線)を解析する手法の一つで,コンピュータビジョン分野において古くから研究されているトピックになります。

 これまでの照度差ステレオ法では,物体表面上での光の反射のみに着目し,カメラで観測される陰影と物体の形状を対応付けるモデルを作り,そのモデルに基づく形状推定を行なっていました。しかし,実際に我々の周りに存在する物体は,表面に照射された光を入射点において反射させるだけでなく,内部に透過させ散乱させる表面下散乱と呼ばれる現象を起こします。これは金属を除くほとんどの物体において起こる現象であると言われています。そのため,反射のみを考慮したモデル化では,表面下散乱の現象に対応することができず,推定形状に誤差を生じてしまいます。

 そこで我々は,表面下散乱も陰影と形状を対応付けるモデルに組み込むことで,物理現象に厳密に基づく照度差ステレオ法の検討を行いました。一回目の渡航においてはモデルの設計及び,設計したモデルが形状推定を行える設定であるかの検証を行い,二回目の渡航においては実際に形状推定を行うための評価関数の検討及びアルゴリズムの設計を行いました。渡航前からも研究したい内容について松下博士とあらかじめ話をしていたため,立ち上げ及びモデルの検証まではスムーズにできたと感じています。各渡航期間の途中で日本に帰ってきた一ヶ月間も,形状推定のための数式処理プログラムの高速化や,実際に形状推定を行うための画像撮影等を行なっていました。実際の撮影画像を用いた形状推定実験はまだ終了していませんが,物体表面の反射に基づくこれまでの照度差ステレオ法との比較により,推定精度の向上を示すことが直近の目標です。

中国での生活

中国での生活はほぼ快適なものでした。治安について不安に思うことはなかったですし,食事もリーズナブルでとても美味しいものでした。しかし,渡航前から話題になっていた大気汚染は確かに酷かったです…。ニュースやウェブ記事で見ていたのと同じように,オフィスの周りの建物が霞んで見えない時は,あまり外を出歩かないようにしていました。  一回目の渡航は中国での旧正月にちょうど被っていたので,道端で大晦日のカウントダウンの花火を見ることができたり,元旦のイベントに参加することができたりしました。旧正月に合わせて中国観光に行くことはまずないと思うので,非常に貴重な体験でした。

<図4: 北京大学にも近い円明園>    <図5: 氷上のそりすべりを楽しむ人々>

おわりに

本インターンシップにおいては2週間ずつの2回に分けて研究所を訪問させて頂きましたが,その土地のことを知るには正直短すぎる滞在期間であったと思います。自分の研究の立ち上げに精一杯な部分もあり,他の研究者との交流も十分にできなかったと感じています。その反動か,多くの研究者と出会い,様々な考え方に触れ,自身の研究も多くの人に知ってもらいたい気持ちが強くなりました。そのため,このインターンシップにとどまらず,学生のうちにもう一度,海外に長期滞在したいと考えています。

 最後に,貴重な滞在の機会を与えてくださりましたMicrosoft Research Asiaの松下康之博士,迎え入れてくれたMSRAの研究者の方々,斡旋してくださった八木康史教授,快く送り出してくれた所属研究室の皆様,そしてヒューマンウェアイノベーション博士課程プログラムに関わるスタッフの皆様に厚くお礼の意を申し上げます。