University of Zürich 研修体験記(城所 宏行)

はじめに

私は大阪大学のヒューマンウェアイノベーション博士課程プログラムの海外インターンシップで,2012年12月19日から2013年3月10日までスイスのチューリッヒにあるUniversity of Zürich にて研修させて頂きました.ここではその体験についてご報告いたします.

滞在先


チューリッヒ大学近くの町並み

スイスはドイツ,フランス,イタリアの中央に位置し,これらヨーロッパの主要な文化圏からの影響を受けて,多様な言語,文化が共存する魅力溢れる国です.滞在先であるチューリッヒは,スイスの中央部でドイツ語圏に位置し,スイスの経済の中心を担う都市で,鉄道や航空など交通の要衝の都市として知られています.永世中立国であるスイスは屈強な軍隊を持つことで有名で,チューリッヒにも陸軍の駐屯地や空軍の飛行場があり,通勤時には遠征から帰ってきたアーミーや,上空を飛行する練習機をよく目にすることがありました.
University of Zürichの歴史は古く,1525年の設立以来,レントゲンやアインシュタインなど多くの著名人を輩出したことでも有名です.今回研修させて頂いたのはDepartment of Informatics のArtificial Intelligence Laboratory (AILab)です.AILabのディレクターであるProf. Rolf Pfeiferを筆頭に,6名のポスドク,17名の博士課程学生の他,修士,学士課程学生,デザイナーなどが在籍しています.Prof. Rolf Pfeiferは人工知能の分野で世界的に有名な方で,Embodied Cognitive Science, Biorobotics, Autonomous mobile robotsなどに関する研究をなさっています.またAILabでは定期的に研究者を招き Brown Bag Lectureと呼ばれるプレゼンテーションおよび議論の場が設けられています.ここでは様々な分野の研究者と情報交換する機会が得られ,今後の私の研究にとってとても刺激になりました.

研修内容

研修期間中,主に以下3つに従事しました.
() 人工筋骨格を有するロボットの跳躍に関する検討
() 全身腱駆動型ヒューマノイドロボット「Roboy」の開発
() 国際会議に向けたデモの準備,発表

()人工筋骨格を有するロボットの跳躍に関する検討


人工筋骨格を有する一脚ロボット「空脚K」

ロボットが実世界で様々な運動を実現するためには身体・制御系・環境の適切な相互作用を前提とした適切な身体の設計(知能の身体性構成論)が必要とされ,人工知能の新しいアプローチとして期待されています.AILabではこの身体性を考慮した知能ロボットに関する研究が盛んに行われています.私はその中で跳躍や走行といったモーター駆動では制御が困難な高速運動時の人の環境への適応性(身体性)に着目しました.そこで,人工筋骨格を模した空気圧人工筋を有するロボット(空脚K)を日本から持ち込み,滞在中には制御系の改良,ソフトウェアの開発,およびその基盤を用いたロボットの跳躍に関して検討しました.空脚K本体の製作は阪大の研究室の先輩がされており,私はまず,空脚Kの制御系に関してArduinoを用いた制御回路の検討および開発を行いました.跳躍のような高速運動を実現するためには,制御信号を与えた直後の立ち上がり速度が重要であるため,制御回路をトライアルアンドエラーでいくつか検討し,最も立ち上がりが速い回路を選択し,空脚Kに実装しました.そして次に,Arduinoと通信するためのサーバ,遠隔操作とデータ取得・解析をするためのソフトウェアをArduinoとJavaで開発しました.
これらの研究基盤を確立したのち,9つの空気圧人工筋の吸排気時間,吸排気時刻をパラメータとして,空脚Kを用いた跳躍運動と各筋との関係について仮説を立て,検証していきました.人間は単関節筋と二関節筋を有し,単関節筋は関節の伸展および屈曲に作用し,二関節筋は関節動作の拘束として作用するとされています.空脚Kは二関節筋と単関節筋を模した人工筋を備えており,この身体生理学の知見から,まず空中から着地するときの各パラメータの関係に仮説を立て,トライアルアンドエラーで,安定して着地動作がなされるメカニズム,その時の各パラメータについて検証しました.検証の結果,二関節筋による拘束が各関節の連携に関係し,安定した着地に寄与していることが分かりました.同様に,着地から跳躍の時の動作についても検証しました.検証の結果,単関節筋に空気を吸排気する相互のタイミングが効率的で安定した跳躍には重要であることが分かりました.また,空気圧人工筋内の空気圧値の変化を跳躍のためのトリガーとして利用し,着地から跳躍に状態を遷移する時の効率的なタイミングを調べるために,いくつかの閾値を試し,その時に空脚Kが着地した直後の空気圧の時間変化および跳躍後の最高到達点を計測し検証しました.その結果,ある適切なタイミングでの跳躍が効率的な跳躍を可能にしていることが分かりました.以上の知見からパラメータを調整し,連続跳躍動作に関してテストしたところ,連続4回の跳躍を実現することができました.
また,より安定し連続した跳躍を実現するためにフィードバック制御を試みたところ,あまり効果はなく,跳躍後に空中にいるときの姿勢の傾きなどがある臨界点を超えると,制御不可能な領域に入ってしまうという知見を得ました.AILabでは歩行時の自己安定化のための安定姿勢領域と不安定姿勢領域に関する研究が行われており,今後の研究では,この基盤を利用して,跳躍のための自己安定化に関する共同研究を行っていきたいと考えています.また,滞在中に複雑系の解析を専門とする研究者と空脚Kの解析手法について議論しました.今後,その方法を用いて空脚Kの自己安定化についての共同研究を検討していきたいと考えています.

()全身腱駆動型ヒューマノイドロボット「Roboy」の開発
これまでAILabでは,人間や動物の身体の一部を模した腱駆動型ロボットに関する研究が盛んに行われてきました.これらの研究成果の集大成として全身腱駆動型ヒューマノイドロボットRoboyを開発するためにAILabを中心として,AILab,EZH,複数の企業からなるチームによって開発する計画がなされていました.Roboy開発プロジェクトでは,クラウドファウンディングによって資金を集め,9か月という短期間で制作するという計画がなされていて,このプロジェクトの最後の3か月間,私はRoboyの開発チームに加わりました.その中で,ハードウェア,制御系の開発,およびそのフレームワークを用いた動作やHuman Robot Interactionモデルの検証および実装を行いました.私が参加した当初は,計画やデザインが完了し,ハードウェアの開発に着手しかかっている頃でした.そのため,最後の3か月間で,ハードウェアの実装などその他の作業を急ピッチで行わなければなりませんでした.時間が限られていたため,() 人工筋骨格を有する跳躍に関する検討,の合間や休日や夜の時間を使って,開発を進めていきました.まずはハードウェアの実装に携わり,腱を制御するためのモーターや基盤まわりの実装を行っていきました.その後,あらかじめ用意されていた3Dプリンタで作られた骨格に,腱を制御するためのモーターや基盤を取り付けていきました.上半身ができた時点で,上半身を用いた制御プログラムの実装を行い,挨拶,握手,手を振る,笑うなどの動作を検証し実装しました.この時の動作確認で,腱駆動による動作制御が不安定であったため,何度か腱駆動のトルクの再調整を行うなどトライアルアンドエラーを行っていきました.それと並行してロボットを自律動作させるために,日本語,ドイツ語,英語の会話を認識する会話認識プログラムを作りました.この会話認識は雑音の中では精度の良い会話認識ができないため,ノイズ除去のアルゴリズムを使って改善を試し,精度を向上することができました.その間に,マクソンモーターなどの企業と仕様に関する打ち合わせのために,複数の企業に何度か訪れる機会がありました.チームリーダーに同行することでプロジェクトチームとしてのマネジメントのノウハウや進め方を間近で感じることができ,とても貴重な経験をすることが出来たように思います.そして,さらに下半身,頭部を実装し,最終的に残り2週間の時点で全身を統合したのちに, HRIモデルを急ピッチで統合,実装していき,期間内に何とか完成するに至りました.また,Roboyの開発を通して,Human Robot Interactionの研究について現状問題となっていることを再認識することができたように思います.この認識から議論を発展させて今後の研究に活かしていければと考えています.


Roboyの主要な開発メンバー

() 国際会議に向けたデモの準備,発表
空脚Kと,Roboyに関する滞在期間中の成果として,3月にスイスで開催された国際会議Robots on Tourでの発表を目標に,そのデモに向けた準備を行いました.空脚Kに関しては,そのメカニズムを説明しやすいようにコンテンツを複数作成し,同時に長時間のデモに耐えるようにアルミフレームを用いたインスタレーションを作成しました.また,Roboyのデモ発表は,チーム内での打ち合わせの結果,人間と演劇をするというシアター形式と,ポスター&デモ形式で行うことに決定し,そのためのHRI動作を実装していきました.
当日のデモ発表では,多数の人が訪れ,ほとんどの人から好感触を得ることができました.また,この分野に精通する研究者の方々がデモブースを訪れ,情報交換や議論をするなどの機会も得ることができました.


Robots on Tourの様子


Robots on Tourでのデモの様子

また,スイスから帰国途中の3/11 - 3/14にドイツのDarmstadtで開催された国際会議AMAM2013で空脚Kのデモ発表を行ってきました.ここでは,Bio-inspired Roboticsに関する多数の研究者と情報交換する場を持ち,大変有意義な時間を過ごすことができました.

最後に

今回の海外インターンシップを通して,ヒューマンネットワークを広げること,学際的な視点,洞察力,本質を考える力を養うことを目標に掲げ,熱心に研修に取り組み多忙のなか色々な刺激を受け感覚が研ぎ澄まされている状態で,研究や様々なものの本質について積極的に議論すること,それについて自分で良く考え知ろうとする努力をすることを心掛けて過ごしました.スケジュール的には,基本的に週7日,朝9時半から6時半まで(土曜日の午後はホストファミリー・地域の方々との交流やスイスの歴史文化体験に利用)集中して研究しました.また,夜はホストファミリーと食事を取り共に過ごしたり,研究者の方とレストランやバーに行って様々なことを語り合ったり,その空き時間を考える時間や研究の時間(週2くらいで研究室に泊まった)に使っていたように思います.
特に本質を良く考えるということは,昨今の高度に情報化され合理化された社会の影響で,その存在が陰に隠れて見えにくくなっているような気がします.また,そのことに気づいても経験が少ない20代では,積極的に行動しないとその力は養いにくいものです.そういう場として様々な刺激が得られる海外インターンシップを選び実践したことは,私にとって非常に貴重な経験となったように思います.
最後になりましたが,今回このような貴重な機会を頂いた大阪大学情報科学研究科の先生方,スタッフの皆様に心より感謝申し上げます.また,滞在中にお世話になったUniversity of Zürichの皆様,温かく迎え入れて頂いたホストフォミリーの方々に深く感謝申し上げます.