ハーバードメディカルスクール 研修体験記 (吉田 真理)

はじめに

大阪大学の海外インターンシッププログラムにおいて、2011年11月3日から2012年1月29日までの3か月間、アメリカのマサチューセッツ州にあるHarvard Medical School (以下HMS) において研究を行う機会を頂きました。Systems Biology DepartmentのRoy Kishony教授の研究室で研究に携わりました。ここでは、その体験についてご報告致します。

研究内容

私がインターンシップ中に取り組んだ研究テーマは、以下の2項目です。
(1) バクテリアのTMP耐性進化
(2) バクテリアの多剤薬剤耐性能力の探索

(1) バクテリアのTMP耐性進化
 バクテリアが抗生物質耐性を獲得する進化は、重大な世界規模の公衆衛生問題です。医療現場において耐性能力を獲得した細菌は、細菌治療に使用している抗生物質による攻撃を巧みにかわし、選択上きわめて有利になります。その結果、当初はありふれた細菌感染に使われており、現在は効力を失った抗生物質は少なくありません。例えば、淋病を引き起こす淋菌の大部分は、今ではペニシリンに耐性を示しており、この抗生物質はもはや淋病の第一治療薬の座を明け渡しています。
 このようなバクテリアの耐性能力獲得進化の過程を理解することは、バクテリアの進化を予測し、進化を防ぐ方法の探索につながります。これまでにも実験室内進化によって、バクテリアの進化を観察する研究はなされてきましたが、液体培地での培養によって、連続的でかつ集団スケールでの進化のみしか観察できていませんでした。そこで本研究では、バクテリアのSwarming(柔らかい寒天培地上でバクテリアが運動する能力)を利用して、耐性獲得進化がいつ・どこで・どのようにして起こるのかを離散的に明確に理解することを目的としました。
 実験では、抗生物質濃度勾配のある1フット×2フィートの大きな寒天培地を作成しました。培地を縦に9つのブロックに分け、両端は抗生物質のない培地、その隣から中央にかけて、MIC ( Mutation Inhibition Concentration (微生物の発育を阻止できる抗生物質最小濃度)) の1倍・10倍・100倍・1000倍のTMP濃度の培地を作成しました。そして、両端の抗生物質のない培地上にバクテリアを植菌し、30℃で培養しながらバクテリアの増殖を観察しました。用いた抗生物質はTMPで、医療現場での汎用性が高く、かつ長期の培養になっても分解されにくいものを用いました。  その結果、1週間程度の培養で、抗生物質のない培地から増殖したバクテリアは、MICの1000倍の濃度のTMPに対しても耐性を持つまで進化しました。始めの抗生物質がないブロックではバクテリアは通常に増殖し、まずは抗生物質を含む寒天との境界部分で発育は一時的に止まりました。そして抗生物質耐性を獲得したバクテリアが現れると、その境界を超えて増殖し、寒天状に広がりました。その後の抗生物質濃度が上昇する境界でも同様に増殖は一度そこで止まりますが、しばらくすると耐性菌が出現し、また増殖して広がりました。このようにして、寒天培地上で、MICの1000倍のTMPにも耐性のあるバクテリアが、わずか1週間で出現しうることを観察できました。
 また、その寒天培地上から、まさに進化が起きたポイントや進化途中のポイントに存在しているバクテリアをピックアップし、シングルコロニーのストックを作成しました。そしてそれらの抗生物質耐性能力を確かめたところ、進化実験で観察された抗生物質濃度と同じ濃度まで耐性能力を保持していることを確認しました。
 現在は、得られた変異体について、全ゲノムリシーケンスを行っています。その結果から、どのような遺伝的変異によってどのように進化を遂げたのかについて解明します。

(2) バクテリアの多剤薬剤耐性
 感染症に対する抗生物質療法の原則目的は、副作用を最小限に抑え、できる限り早く病原菌を完全に除去することにあります。通常用いられる指標であるMICは抗菌作用を示す最低濃度ですが、抗菌薬の濃度がMICに達しても、すべての菌を排除できるわけではありません。そのため、MICより少し高い濃度での曝露は、感受性菌は除去できても耐性菌だけを選択し残してしまう可能性が高くなります。この時の濃度領域をMSW (Mutant Selection Window)といいます。またMSW以上の高濃度で曝露すると、大半の耐性菌も含めて排除することが可能となり、この時の濃度をMPC (Mutant Prevention Concentration)とよびます。これまでの研究において、MSWでも生存可能な耐性菌(以下Common Mutantと呼ぶ)は1つの耐性変異で耐性を獲得しており、MPC以上でも生存可能な耐性菌(以下Rare Mutantと呼ぶ)は、更に複数の耐性変異を獲得していると考えられています。
このようにMSW内の濃度での抗生物質の投与は、バクテリアの耐性進化を加速させるため、医療現場では複数の抗生物質の組み合わせによる治療が効果的です。しかし一方で、バクテリアがある一つの抗生物質に耐性を持った時、他の抗生物質(特に同じクラス分類されている抗生物質)にも耐性を持ち得る(多剤薬剤耐性)ことが考えられています。逆に、他のクラスの抗生物質に対してはより感受性が高くなる可能性があります。そのため、抗生物質の組み合わせ投与は効果的にも逆効果にもなり得るのですが、このような知見は、これまで一部の抗生物質のみしか集められていませんでした。そこで本研究では、Common MutantとRare Mutantそれぞれについて、多数の抗生物質を用いて、多剤薬剤耐性を統計的に解明することを目的としました。 実験では、12クラスに分類されている16種類の異なる抗生物質を用いました。抗生物質ごとにCommon Mutantは360、Rare Mutantは30-50の変異体クローンを獲得し、ライブラリーとしました。これらのライブラリーについて、16種類の抗生物質をそれぞれ含む寒天培地上で培養して耐性能力を検証しました。耐性能力はMICで評価するため、培養時の抗生物質濃度をMIC以下からMPC周辺までの6種類とし、それぞれのクローンのMICが測定できるようにしました。
 現在までに、検証実験において、各変異体クローンが各抗生物質・各抗生物質濃度の寒天培地上で生育しているか否かを、画像データとして集めることができました。今後は、まずは現在得られているデータの解析を行い、結果の概要をつかみたいと思っています。その後は、さらなるライブラリーの追加と検証実験・解析を行う予定です。今回の研修は時間が限られていたこともあり、Rare Mutantのプロジェクトは変異体ライブラリーの作成が途中のまま検証実験を行いましたが、今後は更にLibraryを増やし、バクテリアの多剤薬剤耐性の統計的理解につなげたいです。さらには、各クローンのゲノムリシーケンスを行い、どの変異がどの耐性能力を作り出したかを解明したいと思っています。

ボストン

HMSがあるボストンには、MITやHarvardなど、世界最高峰の研究・教育機関が集まっています。そのため、多くの優れた研究者に出会うことができました。私が所属していた学科では、毎週のようにPI candidateやPostDoc candidateの訪問があり、様々な研究に触れることもできました。

ジョン・ハーバードの座像とラボがあるLongwood Campus

ボストンにいる日本人は大きな家族のようなコミュニティがいくつかあり、交流も盛んです。毎月開催されている研究者交流会では、ボストンで活躍されている日本人研究者が2人ずつ研究発表もしていました。全く異分野の人も集まることで新たな視点の意見が出たり、共同研究が生まれるなど活発な研究会でした。  ボストンはイギリスからピューリタンが降り立った土地で、アメリカでは最も歴史のある街として、様々なところで歴史に触れることができました。またスポーツも盛んで、バスケットボール観戦やアイスホッケー参戦など、十分に楽しむことができました。さらにシンフォニーホールや美術館がたくさんあるなど、芸術も豊かな街でした。

(左)大学近くを流れるチャールズ川 (右)大学横のJFKパーク

最後に

今回の海外インターンシップは、初めての海外長期滞在ということもあり不安もたくさんありましたが、先生方やルームメイトの支えのおかげで乗り切ることができ、非常に貴重な体験になりました。英語の上達や研究に関する知識の習得だけでなく,異文化体験を楽しむこともできました。これらは実際に行ってみないと得られない経験ではないかと思います。  最後になりましたが、このような貴重な機会を頂いた大阪大学情報科学研究科の先生方に心から感謝致します。滞在中にお世話になったKishony LabのみなさんやSystems Biology Departmentのスタッフの方々にも心からお礼を申し上げます。

(左)ラボのみなさんと (右)Thanksgiving Dayには七面鳥を食べました