UTP 研修体験記(増田 彬)


はじめに

大阪大学情報科学研究科の海外インターンシッププログラムで、2014年9月26日から2014年11月21日までの約2か月間、マレーシアのペラ州にあるUTP(Universiti Teknologi Petronas)において研修を受ける機会を頂きました。ここでは、その体験について報告します。

マレーシアについて

マレーシアは東南アジアのマレー半島南部とボルネオ島北部を領域とする連邦立憲君主制国家です。 国としてのマレーシアの起源は、1400年に成立したマラッカ王国に遡ります。 ヨーロッパから中国、日本を海路で渡る際の通過地点となっているマラッカは、地理的に重要な地点として16、17世紀の大航海時代にポルトガル、オランダに占領されてしまいます。 さらに、19世紀以降はイギリスに占領され、現在のマレーシアが独立したのは1957年となります。

マレーシアの位置

イギリスの植民地時代、マレーシアのスズ鉱山発掘のため、イギリスは中国から多くの労働者を連れていきました。 また、ゴムのプランテーションのためにインドからも労働者を連れてきたため、マレーシアの民族構成はマレー系が65%、中華系が24%、インド系が8%、そして少数の先住民がおり、日本と比べて非常に複雑な構成となっています。 それぞれの民族で異なる宗教が信じられており、マレー系を中心とするイスラム教が61.3%、中華系を中心とする大乗仏教が19.8%とキリスト教が9.2%、インド系を中心とするヒンドゥー教が6.3%とこちらも日本と比べて非常に複雑な構成となっております。

多種多様な民族が暮らしているマレーシアでは、それぞれの民族・宗教で不平等が生まれないように細心の注意がされています。 例えば、国民の休日にはすべての宗教の祝日が取り入れられているため、日本と比べて様々な祝日があります。 私がインターンシップに参加している最中にもイスラム教とヒンドゥー教の祝日が行われており、あらかじめ現地の人に祝日の日程を尋ねておかなければ、実は大学が休みだったということが起きてしまいます。

マレーシアの宗教構成(2010)

ペラ州

私が研修を受けさせて頂いたUTPのあるペラ州は西マレーシアの北部に位置します。 ペラ州の中でもUTPはスリ・イスカンダル(Seri Iskandar)という街にあり、首都のクアラルンプールからは北へ約200km離れた場所にあります。 州都のイポーはマレーシアの中でも大きな都市の一つであり、かつてはスズ鉱山の発掘で栄えていました。そのため、中華系の人口がマレー系の人口よりも多くなっており、中華系のレストランをよく目にします。

マレー半島で最大の洞窟であるGua Tempurung(ペラ州)

ペトロナス工科大学(Universiti Teknologi Petronas)

UTPは1997年に創立された私立大学で、学生数は学部、修士を合わせて6000名以上在籍しており、マレーシアの中でも大きな大学の一つです。 特筆すべきは敷地面積で、UTPは約4キロ平方メートルという広大な敷地にあり、これは大阪大学吹田キャンパスの約4倍、大阪大学全体の敷地面積にほぼ等しい面積です。 熱帯のマレーシアらしく、敷地内には熱帯雨林があり、日本では見ることのできない種類の猿や鳥、トカゲなどがいます。 マレーシアの石油会社であるPetronasが大学の創立に携わったのもあり、日本では珍しい石油工学部があるだけではなく、電気工学科や化学科でも石油や天然ガスの生産に役立つような研究が企業と連携して盛んに行われております。

ペトロナス工科大学のキャンパス

広大な敷地の周りにはあまり公共交通機関が発達しておらず、大学の外に出るだけでも車が必要です。 車を持たない留学生などのために大学が週に一度、近所のスーパーマーケットへ学生を連れて行くためのバスを提供しています。 イスラム教の学生に配慮して、キャンパス内にはモスクがあり、また学生寮の近くにはスラウ(Sulau)と呼ばれる小さな礼拝所がいくつか用意されています。 キャンパス内にイスラム教で禁止されている食べ物を持ってくることは固く禁止されており、お酒や豚肉などは持ち込むことができません。 またイスラム教徒の女性は肌をあまり露出してはいけないため、キャンパス内の服装は長袖・長ズボンが推奨されています。 このように、宗教が異なれば大学生活にも様々な違いを見出すことができ、文化の面ではとても勉強になりました。

イスラム教徒に配慮された施設とUTPの周囲

研究内容

UTPにおける海外インターンシップでは、計器異常時の天然ガスパイプラインにおけるガスエネルギーの検証システム開発を行いました。 マレーシアは2014年の液化天然ガス(LNG)輸出量世界第二位と世界有数の天然ガス産出国です。 特に西マレーシアの東海岸には潤沢な石油資源が眠っているため、Petronasを含むマレーシアの石油会社は多くの石油プラントを東海岸付近に建設しています。 石油プラントで発掘された天然ガスはパイプラインを通じて主要都市に運ばれるため、都市を結ぶように天然ガスパイプラインが存在しています。

マレーシア中に存在するガス測定ステーション

パイプラインは天然ガスを移送する方法のうち、最もよく使われる方法の一つで、パイプラインを通過する天然ガスの流量を正確に測定することは石油・天然ガス会社にとって非常に重要です。 そのため、天然ガス利用者が多い地域にはガス測定ステーションが設置されており、各ステーションではどれほどの量のガスが利用者に送られたのかを計測します。 計測されたガスの利用量を総和することで、石油・天然ガス会社はパイプライン全体でどれほどのガスが利用されたのかを把握します。 ガス測定システムはタービン流量計、圧力・温度測定器、ガスクロマトグラフィー、記録用コンピュータなどによって構成されます。 各測定機器からガスの流量や圧力、温度、ガスの成分構成などが計測されると自動的にデータ記録用コンピュータに送られ、パイプラインを通過したガスのエネルギーを算出します。 天然ガス利用料金は算出されたエネルギーを基に請求されるため、正確で信頼性の高いエネルギー算出が重要となります。

パイプライン計測システム

しかし、既存の測定システムは完全に独立して作動しており、異常値を記録した際に自動で修正する仕組みが取り入れられていません。 そのため、測定機器の値に異常が見られた場合、人手によって測定値の修正が行われます。 人手による測定値の修正は人為的なミスや改変が行われてしまう可能性があるため、修正された値が正しいかどうかを自動で検証するシステムの開発が必要とされています。

計測機器が異常値を取る場合、主に以下の三つの種類の異常があります。

Out of rangeは予め指定した計測値の範囲を超える値が計測された場合の異常です。
Missingは計測に失敗して値が得られなかった場合の異常です。
Freezeは数時間に渡って同じ値を得た場合の異常です。
これらの異常に対し、正常時に取りうる値を推定してから算出したエネルギーと人手で修正した場合のエネルギーとの差を比較・検証するシステムの開発が今回のインターンシップで課された役割でした。 例えば、測定された圧力の値に異常が見られた場合、圧力以外の計測値である温度やガスの圧縮率などから圧力を推定します。 ガスのエネルギーは標準規格で定められている公式に基づいて算出されますが、エネルギーの算出には圧力、温度、ガスの圧縮率などが用いられるため、正確な圧力の推定が必要となります。

正常時に取りうる値を推定するためには、過去のデータを機械学習した後、正常に計測された属性の値を用いて推定する必要があります。 過去の調査から機械学習に用いるモデルとして、Artificial Neural Network(ANN)が相応しいと判断し、検証システムにはANNを実装しました。

検証システム開発依頼者であるPetronasからの要求で、以下の三項目が求められたため、これらの要求に沿うシステムを開発しました。

  1. Microsoft Excel上で動作すること
  2. 計測値の生データをインポートし、ANNを用いて異常値を修正すること
  3. ANNで修正した値と人手で修正した値の絶対差を求めて検証すること
この検証システムではANNの学習は行わず、別ソフトウェアで学習されたANNの重みやバイアスをシステムに入力することで、学習を終えたANNを復元することができます。 実際に開発した検証システムの流れは以下のようになります。