インターンシップ体験記

村上 由衣  大阪大学 大学院情報科学研究科 バイオ情報工学専攻 博士前期課程2年(2014年度)

1 メッセージ

大阪大学の海外インターンシッププログラムにおいて、2014年6月16日から2014年7月17日までの1か月間、 イギリスのニューカッスルアポンタインにあるニューカッスル大学メディカルスクールのCBCB (Center for Bacteria Cell Biology)において 研究を行う機会を頂きました。Jeff Errington教授の研究室で研究に携わり、その体験についてご報告致します。

2 派遣先

ニューカッスル大学 メディカルスクール CBCB Jeff Errington研究室 

2.1 研究内容

私がインターンシップ中に取り組んだ研究テーマは、以下の2項目です。 (1) L-formバクテリアの培養観察 (2) 膜過剰による分裂誘起

(L-formバクテリアとは)  現存するバクテリアのほとんどは、細胞膜の外側にペプチドグリカンを主成分とする細胞壁を持っており、 その分裂には細胞壁の成長が不可欠です。その証拠に、人為的に細胞壁を失わせたプロトプラストは分裂できません。 L型(L-forms)は、細胞壁を失っても増殖できるバクテリアの状態として、1935年にEmmy Klienebergerによって発見されました。 以来、大腸菌や枯草菌などのモデル生物を含む多くのバクテリアでも見いだされてきました。 L型株は細胞壁の合成を阻害する抗生物質への耐性を持つため、様々な感染症と関連して医学的重要性が指摘され、 古くから研究されてきましたが、その培養の困難さのため、分子生物学的な研究はほとんど行われて来ませんでした。 というのも、研究室環境でL型株を分離するには、スクロースなどの浸透圧保護剤と細胞壁の合成を抑制する 抗生物質を含む培地での長期間にわたる継続培養が必要であり、それは困難だからです。 また、安定して増殖するL型株には、遺伝的変異が必要であり、その分離は再現性に乏しく、 そのうえ、細胞壁を失っているため壊れやすく、その扱いが大変に難しいのです。 しかし近年、Jeff Errington研究室のメンバーによって、枯草菌において再現性が良くきわめて効率的なL型株の分離と培養の方法が確立され、 ようやく遺伝学的な解析が可能となりました。 私たちの研究では、原始的な細胞を用いて細胞の分裂を再構成することを試みており、そのモデル生物としてL型株を利用したいと考えました。 L型株は、細胞壁を獲得する以前の細胞、すなわち30億年以上前の原始生命体における増殖の分子メカニズムを有しているのではないかと考えたからです。 そこで、Jeff Errington研究室を訪問し、L型株の培養方法を学ぶことにしました。

(1) L-formバクテリアの培養観察 ここでは、2種類の大腸菌(TB28, ΔmurA-pOU)を用いてL型株の作製を試みました。L型株の作製方法は、 浸透圧保護材を豊富に含んだNA/MSM培地の上で大量の細胞壁合成阻害剤とともに培養します。 数回の植え継ぎを経て、培地の上に穴を掘るように増えてくるのがL型株です。 この培地を掘り起こして観察すると、通常長細い細胞が丸くなっているのが確認できました。 また、Errington研究室でL型株の変異が同定された、安定してL型を継続できる枯草菌のL型株を用いて、色々なL型株の細胞を顕微鏡観察しました。 遺伝子操作によって特定の遺伝子(accDA, habHA)の発現量をコントロールさせることの出来るL型株を用いて、 細胞膜の発現量を変化させたところ、accDAの発現量が比較的高い細胞では、位相差顕微鏡による像の色が薄く(通常は濃い)、 細胞の内部構造が変化していることが示唆されました。 また、accDAの発現量を変化させることによって、細胞の大きさを多少変化させることができることも新たに明らかとなりました。 いくつかのL型株のうち、帰国後に取り組む研究に内容に適したL型株もいくつか候補をあげることができました。

(2) 膜過剰による分裂誘起 通常の枯草菌は、倍加後に等分するように分裂しますが、L型株は無秩序に分裂しているように見えます。 その分裂が膜過剰によって生じるということを示した論文(Cell, 2013)の再現実験を行い、細胞の変化を顕微鏡観察しました。 まず、通常の細胞に分裂阻害剤(ベンズアミド)を加え、細長い細胞を作り出します。 その後、リゾチームを加えて細胞壁を破壊後、すばやく顕微鏡観察を行います。 リゾチームによって細胞の形を保つ機能が失われているため、細胞は細長い形から球形になります。 このとき、細胞の体積に比べて表面積(膜)が過剰になるため、その膜余剰を解消するために分裂が誘導されることを確かめました。 ここまでは論文の再現実験ですが、さらに画像解析を行い、このような分裂の他に、自分自身と融合して細胞内部に小胞を作り出して 、細胞体積を大きくすることで膜余剰を緩和していると思われる細胞も観察されました。 40分の観察時間のうち、実に約半数の細胞においてこのような形(分裂・融合)の変化が見出されました。 このようなふるまいは、脂質を用いて人工的につくりあげた小胞(リポソーム)にも共通してみられることであり、 モデル生物としての有用性を期待させます。細胞壁を失った細胞が、いかに柔軟なふるまいを行うのかを実感することのできる実験となりました。

2.2 イギリス生活

CBCBのシニア研究員である川合良和博士とRomain Mercier博士とともに研究を行いました。 研究室は開放的な空間にあり、研究者同士が互いに声をかけながら実験をしている様がとても好印象でした。 実験をしていると、実験室内のほとんどすべての人と会話することができるのです。 他の研究室からの受け入れも活発で、学生と研究員との距離が非常に近いのも魅力的でした。 また、ちょうどワールドカップの時期ということもあり、CBCBの研究者とともにパブでサッカーを観戦しながらたくさん話をすることができたのはとてもラッキーでした。 週末には鉄道でイギリス各地を巡り、世界遺産や芸術鑑賞を楽しみました。

ニューカッスルの風景
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ニューカッスルアポンタインは、その名の通り、タイン川にかかる橋が有名です。
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ニューカッスル大学は街中にあります。研究室はCBCB (Center for Bacterial Cell Biology)にあり、キレイで開放的な空間です。

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週末には、スコットランド(写真はエジンバラのロイヤルマイル)やロンドン(ビッグベンとロンドンアイ)を訪れました。

2.3 おわりに

今回の海外インターンシップでは、多国籍の研究者の中で生活をするという初めての経験でしたが、 体験してみて実感したことは、たとえ英語の発音が下手でも、母国ごとに特色があるのは当たり前で、 聞き取れなかったり伝わらなかったりしても、どうにかなる!ということです。 これは英語の上達うんぬんではなく、自分に自信がついたことが最も大きな成長だったと思います。 また、研究に関する知識だけでなく,異文化に触れたこともとても貴重な経験でした。 小旅行の先々で、これは何?ということを周りに聞きながら、面白い体験や美しい景色、自分の知らない広い世界を体験することができました。 最後になりましたが、滞在中に大変お世話になったErrington研究室の皆様、特に川合良和博士とRomain Mercier博士には、実験を手取り足取り、 丁寧に指導して頂き、ディスカッションの機会も作っていただいて多くの助言を下さいました。心からお礼を申し上げます。 このような貴重な機会を頂いた大阪大学ヒューマンウェアイノベーション博士課程プログラム、情報科学研究科の皆様方に心から感謝致します。ありがとうございました。