BAI JINGJING[博士2年]
情報科学研究科 情報システム工学専攻 河原研究室
●滞在先:南洋理工大学 (Nanyang Technological University), Singapore
●渡航期間:2025年8月15日~2025年10月15日
はじめに
私は2025年8月15日から10月15日の約二ヶ月間、シンガポールのNanyang Technological Universityにて、School of Chemistry, Chemical Engineering and BiotechnologyのAssistant Professor Xunyuan Yinのもとで研究を行いました。研究内容ならびに現地での生活について、体験を交えて報告いたします。
シンガポールについて
シンガポールはマレー半島の南端に位置する都市国家で、名称は「獅子の城(ライオン・シティ)」に由来します。象徴的なランドマークであるマーライオンは、かつて『名探偵コナン』の劇場版にも登場しました。
また移民国家としての側面も強く、華人、マレー人、インド人など多様な民族が共に暮らし、独自の社会を形づくってきました。気候は一年を通して暑く、気温はだいたい30度前後のため、四季のはっきりした区別はありません。私がシンガポールで特に印象的だった点の一つは、街の緑の豊かさです。多くの建物に植物が取り入れられており、景観が非常に心地よく感じられました。
滞在した2か月の間に、シンガポールのさまざまな地域を歩き回って探索でき、忘れられない思い出を多く得ました。市中心部には博物館や美術館が集まっており、学生証を提示すると無料で入館できる施設もあります。そこでシンガポールの歴史や文化について理解を深めることができました。週末には、北部の丘陵地や動物園周辺へ出かけてハイキングをしたり、East Coast Park でサイクリングやジョギングをしたりして、研究で忙しい一週間の疲れをリセットしていました。

図1:マーライオンパークの景色
NTUでの研究について
NTUはシンガポール有数の大学の一つであり、私が所属した Yin 先生の研究室では、主にプロセスモニタリングと制御に関する研究が行われています。研究室では週1回のペースでラボミーティングがあり、英語で研究内容について議論しました。

図2:NTUのメインゲートと学生活動センター
私はNTUにおいて、深層学習を用いた時系列予測に関する研究に取り組みました。既存モデルは特定のベンチマークで高い精度を示す一方で、実運用を考えると深刻な限界を抱えています。具体的には、(1) 予測結果が現実信号の細かな変動を無視して過度に平滑化される問題、(2) 過去の統計パターンに固執し、将来のトレンド変化(分布シフト)に対応できない脆弱性、(3) 単一点の予測にとどまり将来の不確実性を定量化できない問題、(4) 判断根拠が不透明なブラックボックス性、という4つの課題が挙げられます。
インターンシップ期間中は、NTUの指導教員および研究チームのメンバーと活発に議論を重ね、制御工学、とりわけカルマンフィルタ理論に関する理解を深めるとともに、自身の研究に対する新たな着想を得ました。カルマンフィルタが「予測」と「観測による修正」という2段階の逐次処理を通じて真の状態を推定するように、深層学習モデルによる不完全な予測も、より信頼性の高い情報源を用いて修正できるのではないかと考えました。この古典的で洗練された考え方を現代の深層学習の枠組みに再構成し、単なる精度向上にとどまらず、予測の不確実性と解釈可能性も同時に得ることを本研究の動機としています。
そこで私は、既存の予測モデルに後付け可能な、新しい生成的な周波数領域修正フレームワークを提案しました。本手法は、次の三つの協調的コンポーネントから構成されます。まず、任意の予測モデルをベースラインとして用い、安定したマクロトレンド(カルマンフィルタにおける「事前予測」に相当)を出力します。次に、「生成的代理モジュール」が、未来の情報を「教師」、過去の情報を「生徒」とみなす予測的変分オートエンコーダ(Predictive VAE)の枠組みにより、未来の周波数スペクトルの「あるべき姿」を潜在変数として推論します。これは、カルマンフィルタにおける高品質な「観測」をデータから動的に生成する試みです。最後に、「周波数領域修正ネットワーク」がカルマンフィルタの「修正」ステップに相当する役割を担い、ベースライン予測を、代理モジュールが推論した未来情報に基づいて精密に補正します。
提案手法の独自性は、訓練時にのみ未来の正解情報を利用し、「過去から未来の構造を推論する能力」をモデルに移植する“未来知識蒸留”のメカニズムにあります。これにより、分布シフトに対する適応能力を獲得できます。また、学習された潜在空間からモンテカルロサンプリングを行うことで、複数の将来シナリオを生成し、自然な形で確率的予測を実現できます。さらに、補正は周波数領域で明示的に行われるため、「どの周期成分を」「どのような将来情報に基づいて」「どの程度補正したか」という判断根拠を可視化し、解釈することが可能です。NTU滞在中の指導教員との議論を通じて、この独自性の高い研究コンセプトを確立し、理論的基盤を固めることができました。

図3:提案モデルの全体像
おわりに
今回の海外インターンシップは、異分野の理論を融合させる学際的で挑戦的なテーマに取り組む、非常に有意義な機会となりました。研究面はもちろん、日常生活の中でも多くの貴重な経験を積むことができました。
最後に、本インターンシップを快く受け入れてくださったNTUの Xunyuan Yin 助教、ならびに研究留学をご承諾いただいた大阪大学の河原吉伸教授に、心より感謝申し上げます。また、本渡航を資金面でご支援くださった大阪大学情報科学研究科の関係者の皆様に、深く御礼申し上げます。